2021年07月19日

014 大国主命は何故「主」の称号を抱いているのか?

014  大国主命は何故「主」の称号を抱いているのか?

20210619

百嶋神社考古学研究会 奈東 南雄 


ここで、大国主命が古代出雲王国の人などではなく、博多の櫛田神社の大幡主の一族でもあることが直ぐに分かる簡単なモデルがあるのでお知らせしたいと思います。

「大国主命」という呼称ですが、「主」(ヌシ)とは何でしょうか?

九州でも肥前〜肥後〜筑紫〜日向、つまり、豊前豊後特に豊前を除いた領域では、南方系の三母音の影響を受けているためか「ノ」音を「ヌ」音(O音をU音)で代行させる傾向が顕著です。また、「シ」とは何かと問われれば、人(アンシ、コンシ)の事だと考えるのです。


無題.png代名詞 あなた。きみ。▽対称の人称代名詞。◆漢文的表現で用いる。


代表的な「主」を持つ神様を思いつくまま拾い出して見ましょう。


天御中主命(白族)

大国主命(大山祗系)=射楯兵主(イタテヒョウズ)同一神だから「主」の称号が付されているのです

事代主(神話では大国主の長男とされていますがただの臣下です)

一言主(葛城系)

豊国主(=ヤタガラス=豊玉彦 白族)

大幡主(=カミムスビ 白族)

気吹戸主命(=金山彦)これは通常金山彦系=イスラエル系として扱いますが強い姻戚関係があります。

神主玉(=姫路の酒解と御年神の子酒解子)

大物主(=大山咋か?)…まだまだありますが、冗長ですのでこれまでとします。

無題.png

百嶋由一郎最終神代系譜(部分)


「主」という称号からも大国主命が大幡主=カミムスビ神(白族)の一族に移行した大山祗系(トルコ系匈奴)であることがお分かり頂けるのではないでしょうか?

無題.png昔、兵庫県でも播磨の国にやたら祀られている射楯兵主神が何者なのか分からず困っていた事がありました。


精選版日本国語大辞典「射楯兵主神社」の解説

いたてひょうずじんじゃ いたてヒャウズ【射楯兵主神社】

兵庫県姫路市総社本町にある神社。旧県社。祭神射楯神、兵主神ほか。養和元年(一一八一)一六郡一七四座の神を合祀して、播磨国総社・府中社として知られる。延喜式内社


これは播磨国総社姫路の居楯兵主神社 →


「播磨国風土記」にもスサノウと兵主神が一大決戦を行ないスサノウ系が出石に閉じ込められる歴史が残されています。これが大国主命らしい事は見当がついてはいたのですが、兵主(ヒョウス、ツワモノヌシ)と呼ばれている事で、博多の櫛田神社の大幡主の配下であると分かったのでした。

この「主」という尊称は天御中主命にも事代主にも使われている事からも、男女を区別しない称号と分かるのです。

これも海人族の考え方ですね。

豊国主という人物もあまり聴いた事が無いかも知れませんがヤタガラスです。

豊国主とも豊玉彦とも呼ばれますので、櫛田神社の後継者であり白族の代表者であることが分かります。

気吹戸主命=金山彦は白族ではないではないかと思われるかも知れませんが、神代系譜の通り、相互に通婚が進んでおり、「主」という称号がイスラエル系の金山彦にも息吹戸主として使われたものと考えています。

無題.png

百嶋由一郎 008イヨ系譜 神代系譜(部分)


四国も含め一般的に金毘羅さんは大国主の事とされていますが、故)百嶋由一郎氏は大山咋を大物主とお考えだったようです。

これがこの神代系譜に表現されています。大山咋は草部吉見と市杵島姫の間に生まれたプリンセスですが、宗像の主神でもあった大国主命の側に惹きつけようとしたのか、大国主を義理の大物主なる表現で両者の関係を描いておられます。

まだよく分からない部分もありますが、少し分かった部分もあります。

いずれにせよ「主」は大幡主系の尊称で良いようです。

このため、トルコ系匈奴の大山祗の男子である大国主命も姻戚関係によって「主」と呼ばれたのであり、大国主が出雲で生まれたのではないにも拘わらず大幡主の植民国家だった出雲の「主」になったのです。

posted by 奈東南雄 at 01:03| Comment(0) | 日記
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